猫と気ままにオランダ暮らし

オランダでの暮らし、猫との暮らし、ガイド&バイヤーの仕事などを書き綴っていこうと思ってます!

3.11 忘れてはいけない東北地震。。

2011年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震、忘れもしない衝撃な一日でした。

 

 

私たちは、その時は日本滞在。。私は、単発で派遣で仕事をしていました。

その頃は、まだ結婚していなく、観光ビザでオランダと東京を2カ月おきに行き来していたとき。。

私は、日本にいる間は、短期で仕事をしてました。靖国神社のあるまん前のビル。。

いつものように仕事をしていると、徐々にゆれ始めましたが、地震対策がしっかりしたビルだった+1階のオフィスだったので、私の後ろにある大きなキャビネットも揺れることも無く、地震だね~なんて話してて。。

そのうちにおさまる事も無く、どんどん揺れが大きくなり。。対策室から非難警告がだされ、そのエリアの避難場所が靖国神社。。みんなで逃げました、靖国神社の駐車場に。。そこが決められた避難場所だったようです。

しかし。。駐車場の道路にはヒビが沢山入っていて、大きな塔も倒れる寸前。。どこが避難場所なんだと思いながら、待つこと1時間。。

 

揺れが収まったと同時に、すぐにオフィスに戻り、みんな帰宅の準備。。

埼玉やら千葉やら、神奈川やら。。。遠くから来ている人たちは、みんなで一緒に変える人、体育館とかの泊まる場所を探す人、近くの居酒屋さんや飲み屋で夜を明かす人などいたようです。

 

私は幸い、家が新宿だったので、頑張って歩いて帰りました。バスも見たことないくらい満員御礼、、地下鉄も閉鎖。歩くしかない。。

携帯もまったく繋がらず、主人と連絡も取れない。。地震の無い国オランダ。。

ほんの少しの揺れでもびびる人。。大丈夫なのか心配で、家に帰ってみると。。。隣の駐車場でぼーっと一人で立ってました。

主人は、オランダ時間で仕事を家でしているため、ちょうど地震のあった時間に起きて、ランチを食べているときに揺れたようです。

なにがなんだか分からなく、取り合えず、テレビやらプリンターを押さえながら数十分いたようですが、、

誰にも助けを求めることが出来ず、どうしていいのかわからず。。近くの担当の不動産屋さんにどうしたらいいのか聞きに行ったそうです。。^^;

 

地震の無い国だと、あそこまでの地震のとき、どうしていいのか分からないですよね。。かなりパニック状態で、数日大変でした。

ネット上では、世界中からの情報が飛び交っていて、主人はさらにパニック。。

オランダ大使館、友達、家族から帰って来いのメールの嵐。。

かわいそうだったけど、私にも日本の家族が心配。。このまま日本に居たい。。

でも、、、彼の限界がマックスに達したのがよく分かったので、オランダに急遽戻る手配をすることに。。

 

これがまた大変だった。。オランダのKLMに電話をし、チケットを取り直すことに。。考えることはみんな同じで、KLMもそんな問い合わせが半端ないようで、、何度も何度もやり取りをして、ようやく変更出来たチケットは、関空から韓国に飛び、ソウルからアムス入り。。

前日、荷物をまとめて大阪一泊。当日、関空に行くと、ものすごい人の数。。

KLMカウンターに行ったら、このチケットの情報が無いので、ソウル経由だから、大韓航空に言って聞いてくれと。。大韓航空に行ったら、またまた知らないと言われ。。(><)たらい回しされること2時間。。飛行機が飛んじゃいましたよ!!!

も~~~~~だからオランダの会社テキトーでいやだ!!と思いましたよ。。担当者の名前も聞いて言ったけど、まったく駄目。。

とくにKLMは、日本のKLMとオランダのKLMがシステムが連動していないので、情報が毎回不十分、、こういった大変な時期は本当に困ります。。

初めて私も怒りました。。

怒られてもどうしようもありませんと言われるばかり。。

も~~~~~帰れない~~

上司出せ!と怒りまくって、ようやく話し合いがつき、次の便のオランダ行きに乗れました。。もうホントに大変だった。。

 

オランダに帰っても、主人のパニックは治らず、ホームドクターに行き、その後カウンセリングを受けることに。。鬱と診断されました。。

地震の無い国 オランダ。。日本人だと地震が当たり前だから少しの揺れでも動揺しないけど、、

 

3.11  亡くなられた方がたのご冥福をお祈申し上げます。私たち夫婦にとっても忘れられない、忘れてはいけない日になりました。

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